『得た愛しさを抱きしめていく』

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「楽しそうですね」 「そう見えますか?」 結城さんは私の拳をやんわりと包み、それから人差し指で、ちょんと手の甲を弾く。手品師の様に「ワン、ツー……」とは言わないけれど、それが“合図”なのだとすぐに分かった。 「私はこれから大事な記憶を消されるってのに。ちょっとくらい気を遣ってくれてもいいじゃないですか。そんなニヤニヤしちゃって」 「そう思わせてしまったのならば謝罪しましょう。申し訳ありません」 「うーん……」 結城さんは困った顔をした。心の内は多分違うと思うけど。 「花音さんは今、私に同情されたいのですか? たとえ満足出来ても忘れてしまうのに? それとも今ではなく今後?  ――お望みとあらば、お目覚め後にいくらでも。まぁ、同情に心地よさを感じても、代わりに謎と不信感がつきまとうでしょうが。その際の責任は持ちませんよ」 「あっ、まってくださ」 手を開かせようとする結城さんに思わず抵抗し、力が入った。 ――終わってしまう。消えてしまう。 「名残惜しい」と軽く言えるものじゃなかった。もっと、ずっと、辛くて怖く、不安で哀しくて。 足が震える。身体の奥が軋む。 痛み。重さ。 言葉や文字で表せない想い。 他人に伝えられるものではない気がした。同時に優海さんや零さんの顔が浮かんで、人は全てを分かち合えないのだと、当たり前の事を改めて感じた。  
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