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この日、世界中で奇妙、いや、奇跡的な現象が起こり始めた。
戦争、自殺、殺人、病気、事故。ありとあらゆる理由で命を落とすはずだった人間。それが、急に死ななくなったのだ。
それはおそらく人類史上、始まって以来の死亡ゼロの日の襲来であった。世界中、必ずどこかで命をはずだった人間。それが、この日を境に全くいなくなったのだ。
これは、神の奇跡だと宗教家の人々とマスコミは騒ぎ立てた。その一方で、論理的な人々は何故、急に人は死ななくなったのか、その理由を探ることに興じた。しかし、『死』という概念が現代でも分かっていないのに、その理由を見つけ出すことなど無理な話である。
どうやったら、人は死ぬのか。試行錯誤を重ねたが、結果はどれも同じでどんなに大怪我をし放置したとしても、時間が経てば治ってしまうのだ。火口に突き落としても、極寒の大地で全裸にして放置しようと、死ぬことは決してなかった。
始めの内は理由も分からず怯える人も多かったが、日を追うごとに死ぬことがないという状況は受け入れられるようになり、世界は変わった。
高層ビルでの作業員はこれまで、安全と為と義務づけられていた命綱を外して思い思いに動き回るようになった。強風に煽られ、最上階から地上まで落下する者がいても、数分もすればケガも治り仕事に復帰する。落下してきた鉄筋に押しつぶされる者もいた。その時は、自分の命よりも作業着が汚れてしまったことを抗議していた。よくよく、考えれば死ぬことはないのだから、作業着を着ている必要もないのだが。
今まで危険地帯とされ、何かしらの問題があった場所も人々に解放されるようになる。地雷で吹き飛ばされようと、毒物を煽ろうと死ぬことはないから人々は喜んで、そこに繰り出してはかつての死を楽しんでいた。
若い世代の間では、死なないのを良いことに、無謀と無茶をするのが当たり前となった。自殺、殺人のブームである。死なないのに、自殺や殺人というのは、おかしな話であるが、かつては犯罪だと言われたこともあって実行する若者は多かった。
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