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「お願いこれ着て」わたしは引っ掴んできたTシャツをエリナに差し出す。
「は? なんで?」
「年頃の弟がいるから……」
「あーなるほど」彼女は言われたとおりにする。「ちょっときついよこれ」
「お願いがまんして」わたしはあくまで懇願した。「あと、弟受験生でピリピリしてるからくれぐれも気をつけて。『かわゆす~』とか『ユカそっくり~』とか絶対言っちゃだめだよ」
「はぁい」
彼女はニヤニヤと間延びした返事をする。耳たぶに小さく光るピアスが見えたが、あえてなにも言わないでおいた。
さっ、どうぞ。わたしは玄関の引き戸を開け、3人を促す。すると正座して待ち構えていたお母さんが恭しく床に手を着いた。「いらっしゃいませ~。遠路はるばるようこそおいでくださいました」
「お母さん旅館じゃないんだから……」
わたしは戸惑いつつもこの場で3人を紹介した。この人がエリナ。席が隣でいつのまにか友達ってことに。それから杉本くん。エリナの友達で夫婦(めおと)漫才の相方みたいな。で、こちらがお姉さんの瑞希さん。仕事ひと筋の美容師さん。しかしそれぞれなにかが気に障ったのか、3人は不服そうにわたしを見る。あんたやっぱあたしが友達じゃ不満なわけ? それよりコイツと夫婦漫才ってなんのこと? 瑞希さんは黙っているものの、やはりなにか言いたそうな様子は隠せない。
「まあ……美男美女ばかりね」
しかしお母さんのひと言で、紛糾しかけたムードは一瞬にして和んだ。やだおばさん、あたし脱いでもすごいんですよ。そう言ってTシャツの裾をたくし上げようとするエリナを、調子に乗らないのとわたしは止めた。
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