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須藤ちゃん。
須藤ちゃん。
呼びかける声で、わたしはふと目を覚ます。
「須藤由佳ちゃん、だよね?」
ぼやけた視線の先にジャージ姿の女の子がいた。ミディアム丈の黒髪に、つねに笑っているか眠っているように見える細目。眉はやや細くなっていたものの、ノーメイクの顔は中学時代の面影を多分に残していた。「ハルちゃん……?」
「やっぱり須藤ちゃんだぁ!」ハルちゃんは顔をクシャクシャにして笑んだ。「髪型変えたんだ~一瞬わかんなかったよっ」
興奮する彼女の一方で、わたしははっとした。「いま、どこ?」
「え? 渋川出たとこだけど」
「あ、そっか」ほっとすると同時に彼女のテンションが移った。ハルちゃ~ん! とわたしは揺れる車内で人目も憚らず彼女に抱きついた。「元気してた?」
「それ、こっちのセリフ。通うのたいへんなんでしょ?」
あっ、と彼女がわたしの足下に落ちていた数Ⅰの教科書を拾い上げた。「勉強がんばってんだね」
「ハルちゃんこそ部活がんばってんだ。いまも陸上?」
「うんっ。須藤ちゃんは?」
「わたしは部活はちょっと……」
「そっか」そうだよねというふうに彼女はうなずいた。
次の駅でともに電車を降りた。時刻は19時に近いが、空にはまだ明るさが残っている。人通りのない駅前でわたしたちは長らく話し込んだ。ハルちゃんは部活などで充実した高校生活を送りつつ、やはりわたしのことは案じていたらしい。ちゃんと寝てる? 友達できた? てか河田くんとはどーなってんの? といった具合にわたしは質問攻めに遭った。河田くんのくだりは耳が痛い。が、近況を伝える上では避けて通れない話題だ。元気してるよ。クラス違うからあまり顔合わせることないけど。わたしは真相は口にせず、クラスにも結構カッコいい人いるからなぁとごまかす。いいな男子かぁ、と彼女は共学への憧れを口にする。やっぱ東京の男の子ってレベル違うの? まあそこそこね。あ、栃木出身の人もいるけどたぶんここらの男子よりはレベル高いよ。
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