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さて、ここから柿崎さんはわたしにとって予想外の動きを見せる。JRの駅の階段を上らず、目の前にある京急の改札を通ったのである。ホームへの上り階段が左右にあり、彼女が足を向けたのは羽田や横浜へ向かうほうだった。けたたましい発車ベルが聞こえてくると彼女の足がにわかに速くなり、わたしたちも慌ててそれに合わせる。が、目当ての電車と違ったらしく、階段を上りきったところで急に彼女は立ち止まる。それからおもむろに乗車位置へ移動すると、次にやってきた羽田空港ゆきの急行に乗り込んだ。もしかして空港? マジで飛行機通学? まさか。わたしたちは隣の車両から連結部の窓越しに彼女を監視する。電車は青物横丁、立会川と飛び飛びに停車し、その次の駅に着く間際になって彼女は座っていた席を離れた。平和島。もしやここは大田区だろうか。
不安に駆られつつ、わたしは電車を降りてからの彼女の動きに目を凝らした。駅前は第一京浜、環七通りとそれぞれ示された幹線道路が立体交差していて、工業地帯が近いためかトラックなどがひっきりなしに轟音を立てる。その両方を渡ると下町らしい商店街を抜け、閑静な住宅地に入る。ここらの町工場とかでつくられてたりして。柿崎さんロボット説を踏まえエリナが言う。冗談はさておき、こうして彼女が行き着いたのは中層の古びた集合住宅だった。付近の電柱の住所表示は大森東となっている。
「ここがアジトか」うなるようにエリナが言った。「意外にしょぼい……」
わたしはため息をついた。「河田くんちだよ、ここ」
来るのははじめてだが、聞いていた住所から間違いなかった。入口前の集合ポストを見ると、やはり『河田』の表記がある。それを指さした。
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