みんな、バナナの皮に気を付けろ

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「メンド…。でも治さなきゃ…」 人並みには人目を気にするのが俺だ。たとえ私服がダサくても、寝癖治したりとか最低限の身だしなみは整える。 まぁ、水で濡らしてサッサッと手櫛をかけるだけなんだけど。 ついでに言っておくと、ヒゲは剃らない。だって生えないから。 「もうちょい男らしくなると思うんだけどなぁ……ヒゲがあれば」 鏡の中の自分を見て溜息を吐く。 パッチリとしたつぶらな黒目。若干日焼けしてるけどまだまだ白い肌と、それとは対照的な真っ赤な唇。 自分でもビックリするくらい女顔なんだ。 「昔から“ちゃん”付けされてたもんなぁ…」 小学校の先生から『風太ちゃん』と呼ばれた時はまだ神様を信じてた。なんでこんな女顔なんだよって思いっきり恨んでたけど。 だいたい、名前から男だってわかるだろ。 「ったく、これ以上髪伸びたら女子力がグングン上がるぞ…。そんなのまっぴら御免だよ」 トンッと鏡を軽く殴って、俺は外に出た。 ☆☆☆ 蝶番の軋む音って、ちょっとテンション下がるよな。 「俺だけか…」 無駄な思考から切り替えて、今日の大事な予定について振り返ってみた。 とは言っても、そこまで複雑怪奇なことじゃないから、1個のことを思い出すだけでいい。 『東京にいる両親の元へ行き、仕事を辞めることを告げる』 たったこれだけのこと。なのにスゲェ気が重くなった。 会社で働くことは社会に貢献するということ。社会に貢献するということは社会に適合しているということ。 そして俺は、社会適合者を『生者』とし、対となる社会不適合者を『死者』だと考えている。 つまり、仕事をしていない人間は社会的に死んでいる。仕事を始めれば生き返るけど、辞めたら2度目の死を経験する。 死んだり生き返ったりを繰り返す。 それが社会というもの。 「19歳の考えることかよ…」 自分で自分にツッコミ入れるのも、いい加減虚しいよな。
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