第6話

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自分が相手に気持ちを伝えるという行為全てを拒絶しているからこそ、 他の誰かは諦めずに貫いていて欲しいと願ってしまう。 自分が幸せになる為だけの恋愛は、誰の為にもならない。 けれど、誰かのために誰かの幸せを願う事は、 自分の気持ちに正直になるよりずっと楽だと知っているから。 「高橋さん。 辛いなら、やめていいよ。 俺も無理に応援しないから。」 「--え?」 バッと顔をあげて俺を見つめる大きな瞳。 俺が”応援しない”と言った事で彼女の瞳が小刻みに揺れて、大きく見開かれていた。 そんな目の前の彼女の姿を見つめて、心にフッと込み上がる失笑。 ”やっぱりだよな”という気持ちで悟った瞬間、彼女に優しい瞳を向けた。 「でもこの間、聞いた話だと、 ずっと何年も彼の事が好きでいたわけだよね。 それなのに、気持ちも伝えずに 諦めてしまっていいのかっていう思いは正直あるんだ。 恋愛において、”嫌われたくない、疲れた”っていう気持ちは 誰しも持ち合わせているものなんだし、 今、疲れたのなら”立ち止まる”だけでいいんじゃないかとも思う。 ”もう、いい”って諦めて、想いを切ってしまう事なんて、 いつだって出来るんだからさ? 相手に自分が合わせる必要なんて無いんだよ。 疲れたのなら休めばいいんだ、俺も一緒に休むからさ。 もう少しだけ、一緒に手を尽くしてみようよ。 駄目かな?」 「……春樹君…」 彼女の瞳はゆらゆら揺れて、先程の曇りが涙で零れていくようにも見える。 その瞳を見つめながら彼女の肩を引き寄せて、優しく微笑んでみせた。 「後、酔った時の弱音は本音として受け取れないからね? もし次に、”止めたい”って強く思った時は、素面(しらふ)の時に言う事。 じゃないと、高橋さんの本当の気持ちが見えないからさ。いい?」 俺の言葉に、コクンと頷いて再び涙を流す彼女の頭を優しく撫でてあげる。 彼女は、俺の胸に静かに頭を凭れさせた。 その姿を見つめることなく、俺は宙を仰いで深く息を吐いてそっと瞳を閉じた。
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