第6話

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「自分には、大事なものなんて無いっすから。」 そう言って、俺は静かに目を伏せた。 「おいおい、春樹君! 君はまだ若いし、自由でもある。将来もある。 そんな冷めた目をしてたら、見えるもんも見失うってコト、 素敵なお兄さんが教えてあげよーか?」 そう言って、度数の強いお酒を並々注いで俺に差し出してくる三津さん。 クスッと楽しげに笑ってやがる。 ”…このヤローっ”て言い返したいのに、……頭が回らない。 「……。」 ”自由でもある。将来もある。”…か。 そう見えるのは若さがあるからだろうけれど……。 自分が奪ってしまった相手の人生の尻拭いさえ出来ない、何の力もない自分。 俺には自由も将来も、必要ない。 望むべきでないし、望んではいけないんだ。 それから暫く沈黙が続き、 その間、互いに口にアルコールを流し込んでいく。 ……今、何杯飲んだだろう… 段々…瞼に重みを感じてきたし。 ワインやら日本酒を10杯以上は呑んだよな… ”……眠みぃ”と、ひたすら瞬きを繰り返していると、 「…俺は、君を勘違いしていたみたいだね。 少し話をして良いかな。」 と言いながら自嘲気味に微笑む三津さんの言葉に、俺はただ黙って頷き、 差し出されたグラスワインを受け取った。 「俺は昔はね、確かに、由佳が好きだった。 気が強くて負けず嫌いで。人一倍努力家で。 そんな彼女に惹かれていた。 由佳が、小学生の時かな…あいつの親父が浮気して、結局両親は離婚して。 アイツは母親に引き取られる事になった。 その時から、よく一人で小さく膝抱えて泣いてた。 誰にも頼らず、甘えず。たった一人で。 自分なんかより母親の方が辛いからって、 だから自分の事は自分でしっかり出来るように早くなりたいって歯を食いしばって言っていた。 俺は見てのとーりボンボンだし、何でも与えられて困った事なんかなかったから、 そんな風に力強く話す彼女が眩しく思えてね。 …欲しいと思った。 抱きたい、触れたい、俺に甘えさせてやりたい、俺が守ってやりたいと思った。 ずっとそばに居て支えてやりたいって思っていたんだ。 だから高校の時、告白した。 今思えば、あれは生半可な気持ちじゃなくて、 一種の俺の中での賭けだったのかもしれない。」 「賭け?」 「そう、賭け。」と続く言葉に耳を傾けながら、 目を細めて春樹は静かにグラスに口をつけた。
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