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「…ちょっ、春…樹っ」
慌てて見上げられたその顔さえも、
焦りと不安と困惑の表情しか見えなくて。
色付いて赤く染まる頬は、どこにも見当たらない。
グッと唇を噛み締めるように漏らした言葉は、
「ーー俺の事、好きになってよ」
溜息のように微かに、
けれど、呟いた言葉は声に出した瞬間からじんわりと広がっていく。
形になって心に響いていく。
「好きになって欲しいんだ。」
静かに両手を伸ばして目の前の小さな顔を掴まえたら、
……スッと閉じられた、彼女の瞳。
”諦めました。”とでも言うように観念した彼女の顔を見やり、
自分も瞳をゆっくりと閉じてみる。
一瞬、ゆらりと心揺らされながらも、浮かんだのは、
--昨夜の…、あの光景で。
彼女の額に迷いなく近づいていく、飄々とした男の顔。
月明かりに照らされていた、あの白くて艶やかな肌。
その痕跡を消したいと沸き上がる、--衝動。
--戸惑う自分。
自分は何一つ、本心を見せていないのに。
彼女の心が見えない事が、酷くもどかしいと感じてしまう。
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