第6話

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カチャッ…とドアノブが静かに開き、 開いた瞬間、鼻に響かせるような柔らかい声が上から降ってきた。 「春、明日から新たにクライアントを一人追加するから。」 ---ハ? 「…今なんて?」 信じがたい言葉が耳に届いて思わず聞き返さずにはいられない。 大きく瞳を見開いて、寝ころんでいた身体を勢いよく起こした。 「春、人の話は一度で理解するものだよ。 同じことはニ度言わない。 それに、聞こえていたんだろう?」 そう言い返されて一瞬、 相手の剣幕に怯みそうになった自分に失笑した。 「…いやいや、聞こえてるけど。 そもそも理解出来るとか出来ないとか以前の問題だから。 俺、今、手イッパイで他の人の面倒とか見る余裕ねえから。 無理、ぜってー無理。 やらない、引き受けねえからな!!」 煽られて押し込まれてしまう前に、強く牽制しようと試みた。 けれど、その相手は押し黙ることなく口を開く。 「 高橋由佳 」 「ーーー」 名前を上げられた瞬間、眉が微かに動いてしまった。 「この人が誰と関わりあるのか分かるよね、春。」 「ーーー」 知らない。聞こえない。 俺はやる気無いんだから。 無視無視無視… そんな俺の姿を客観的に捉え、懸念を抱きながらも、 平常心・自然体を維持して引き下がりを見せないこの男。 「周りから攻めてみるのもいいんじゃない? 今の春を見ていると、 俺には見るに見兼ねる状況の様に思えてならないからね。」 「無理なもんは無理。」 「やる前から諦めていたら何事も始まらないだろう。 もう決定事項なんだよ。」 「---ハア?他の奴にやらせればいいじゃねえかよ。 俺は、まだ学生でこれでも色々忙しいんだよ!!」 " 決定事項 "って強制じゃねえかよ、そんなのパワハラだっつーの。 「大学の必修単位がすでに修得済なのは事前に調査済だよ。 春の場合、就職も悩む必要無いしね。 そんなの暇を持て余してるという象徴の他に何かあるか?」 確認するように鋭い視線を俺に向ける。 「----」 瞬殺の瞳を向けられて、チッと小さく心で舌打ちをする。 俺の事調べて言ってくんなよな。 コイツに敵うわけがないなんて、初めから知っていた事。 やる前から足掻いたって遊佐には全く届かない。 でも。 本当に自信がないのも事実なんだ。 自分に余力さえあるのか疑問で。
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