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「もう許して……」
彼女が両手で耳を塞ぎながら、か細い声でそう言うのを私はなんとか聞き取った。この様子を見て普通だったらどうしたのか心配するんだろうけど、ざまあみろとしか私には思えなかった。彼女は私の婚約者を――最愛の人を横取りしたのだ。このぐらいの報いは当然だ。
ガタガタ震えながら頭を抱え俯く彼女を冷めた目で観察していると、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
その声の懐かしさに私は玄関へと駆け出した。声の主の姿を一秒でも早く見たかった。
スーツ姿で革靴を脱ぎ捨てこちらに歩いてこようとしているのは、紛れもなく恵太だった。短く刈り上げたさっぱりとした髪型。二重のぱっちりとした瞳に黒縁メガネを掛けた恵太は私の記憶と寸分も変わっていなかった。
恵太は私と目を合わすことなく、ダイニングへと向かっていく。彼にも私の姿は見えていなかった。私は恵太とぶつからないように脇へと避けた。
「どうしたんだ?」
恵太はすぐさま頭を抱え震えている彼女のもとへと駆け寄りその肩を抱き、振り向かせる。
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