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ーー松田に惚れたのは、入部希望届けを顧問に提出しようとして、初めて会った時。一目惚れだった。この人しかいないと思った。
「あなたも美術部?」
「あ、うん」
「そう」
その時初めてかわした素っ気ない会話が、嬉しかった。
それから一年と八ヶ月経って、彼女が大吉をバカにするのは、日常になっていた。
彼女は、笑うようになった。聞いてもない事を、ポツリと呟く時もあった。たまに、喧嘩もする時もあった……。
そして、大吉の日々のキャンバスはまた彩られていた。甘く、切なく。
今はまだ、報われぬ恋。もしかしたら、卒業して初恋で終わる恋。だけど、すこしづつ心で触れ合える二人だけの空間の中で、その芽は膨らんでいる。松田は大吉を知り、大吉もまた松田を知りゆく。
この、静かで地味だけど、ほんのり甘みが香る美術室。彼女の隣にいられる喜び。恋情。
思えばこれは、どんな甘さでも買えるものでは無い。
夕日が沈み、大吉の本日の、計三時間程度の長いようで短いマジックアワーが終わる。
そしていつかは終わる日常を憂いながら、今宵も明日を望む。
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