第1話

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普段大人しく目立つ事もしない彼が、 こんな不審者と言って然るべきポーズをしているのには理由がある。 可哀想なことに、 彼は半年ほど前にちょうど大学時代から付き合っていた彼女に、 「あなたって退屈だから」というかなりキツイ理由でフラれたばかりであった。 ピュアな彼だから、そのダメージは測り知れず、 何ヶ月も憂鬱な日々を過ごしたそうな。 この青年をフった彼女は旅行とお菓子が好きで、 彼女がフランスに旅行に行った際には、おみやげにと、 フランスのオシャレなお店で買ったという素敵なクッキー缶をくれたのだった。 彼はクッキーを食べ終わってもその缶を捨てなかった。 わざわざ彼女がフランスから彼に買ってきてくれたことが嬉しかったのだ。 しかし無為に置いておくのもなんだしと、 ロマンチストな彼は、店で売れなくなって処分寸前だった 小さなサボテンをそのクッキーの缶に植え、慈しんだ。 そして二人で水と愛情と共にサボテン缶を育んできたのだった。 しかし彼女が去ってから、 交際のやり直しを求めるメールを送っても留守電を入れても、 彼女から返事が来ることはなかった。 LINEを送ってもメッセージが既読になることもなくなり、 やがてブロックされた。 彼女の世界から自分はもう不必要な存在なんだと悟るまで半年を要した。 ちょっと時間がかかり過ぎな気もするが、 はじめての彼女で結婚すら意識していた彼からすれば、 断腸の思いで諦めをつけたのである。
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