第1話

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しかし、 二人の思い出と気持ちの象徴とも言えるサボテンは、依然彼の元にあった。 サボテンを見ると彼女との日々を思い出すのであまりに辛く、 しかしながら捨てるのもサボテンからすれば人間のとばっちりを受ける形で可哀想であった。 結局悩んだ結果、 誰か拾ってくれますようにと、 そっとサボテンを缶を公園のベンチに置くことに決めた。 置き引きならぬ、 置き逃げである。 その置き逃げしたサボテンを彼は今、 子猫を捨てた飼い主のような気分で草木の間から遠巻きに見つめている。 「違う、捨てたのではない」 「俺のところにいるより他の人の所のほうがお前の幸せの為なんだ」 なんて都合のいい事を慰めに思いながら。 憎しみを込めてサボテンをゴミ箱へ捨てないあたりが、 なんだかんだ言ってもやはりイイやつなのである。 不審者と言って然るべきポーズで草木の間から観察し続けて40分は経っただろうか。 やがてベンチとサボテンに変化があった。 20代前半くらいの女の子がそのサボテンの缶に気がついて、その手に取ってくれたのだ。 一人で歩いていたその様子を見ると近所の散歩中の大学生だろうか? ニット帽子に黒髪のくしゃくしゃのミディアムヘア。 マフラーを口元まで巻いて、 可愛らしい赤い手袋をはめている。 化粧っけは薄く、しかし手を入れずとも顔は整っていて しっかりした印象の可愛らしい顔立ち。 サボテンを見つめる目はキラキラと輝いている。
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