episode 78  暗雲

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episode 78  暗雲

そうして どれぐらいの時間 僕らはこの世の甘い蜜を貪ったのか――。 「君があんまり虐めるから」 「いいえ、あなたのせい――」 黄金色の夕陽が落ちるベッドの上。 生まれたままの姿で 天使は気を失っていた。 「薫お兄様って本当に可愛い――」 無防備にも膝を立てたまま眠る薫にシーツをかけてやると 「こんなに美しくて才能ある人――もっと上手に生きたらいいのに」 僕は柔らかくもつれた巻毛に バイオリン弾きの繊細な指先に いまだ余韻の冷めやらぬ 熱っぽい口づけを落とす。 「それが出来ないから、彼はいつまでも思春期の少年のように可愛いいんだ――でしょう?」 部屋の対極。 革張りのコーナーソファーに身を投げて 「――おいでよ」 上品に煙草にくゆらしながら、椎名さんが僕を手招きする。 「可愛くない方でいいの?」 「またそんな……」 ふてくされる僕に流し目をよこすと 「言っただろ?君は本当に最高だ」 吐き出す煙と一緒に飛んでくる けだるい投げキッス――。 「そこまで言うなら」 僕は裸体にシャツだけ羽織って 相変わらず口の巧い錬金術師にすり寄った。
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