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──案外まぬけなひとだったんだな。
その状況で、俺が朝日奈英雄という男に対して思ったのは、そんな感じのことだった。
単に油断していただけなのかもしれないけど、他の女といるところを恋人である愛美さんに見られるなんて──そしてそれに気付かないなんて。
英雄くんと愛美さんが以前にも一度付き合っていたことがある、というのは佐奈さんが口を滑らせたから、知っていた。
英雄くんの生活が荒れ始めたのは、愛美さんと別れてから……というのはすぐに思い当たることだ。
俺にしてみれば、なるほどね、という感じだった。
よほど重い覚悟を腹に据えないと、翠川愛美というひとはどうにもならないと思うから。
自覚のない愛美さんも充分罪だな、と思いながら、俺は腕の中で泣きじゃくる彼女を見下ろして──。
半開きの彼女の口唇を、俺はあっさり塞いだ。
恋人がいるのに、他の男にキスをされて抵抗しない女の人の心理なんて、俺にはよく判らない。
けど、あまり嫌悪感は湧かなかった。
だって、愛美さんがすでにに誰かのものだと判っていてそんなことをしたのは、自分の方だから。
そういうことに対して罪悪感が湧いてこないっていうのもどうかな、なんて思うわけだ。
悪いことだと知らずに悪いことをしているときには、許される余地というものは充分にあると思う。
けど俺みたいに、悪いことだと知っていて悪いことをするっていうのは、どうなんだろう。
悪いことだと判ってやっているのに、罪悪感はゼロ。
俺の救われないところは、こういうところなんじゃないだろうか。
それすら理解できていることに、どうしようもない諦めの溜め息に似た笑いが漏れてしまう。
男って、本当にどうしようもないものだな。
まだ本格的に目覚め始めたばかりの自分の性を思うと、途方に暮れたくなってしまう。
女のひとを特別に感じたとき、心の内に芽生えたばかりのそれはとても単純で混じり気のないもののはずなのに。
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