第1話

6/29
前へ
/33ページ
次へ
その数か月前の時期に同時に二人から求婚されたらどうするかと問われたことがある。なぜプロポーズではなく求婚という言い方をしたのかも気になるし、一足飛びな発想にも物申したい。 その前にも告白を受けたことはあったけれど、それでも佐々泉水という人間は「好き」という感情をいまいち理解していない。 ただ単純に「好き」の一言だけで良いのならば、こよなく勉学というものが好きである。それこそ病的なまでに。一定の時間問題に触れていないと呼吸困難に陥ることもしばしば。 勉学に対してのみならば、愛していると言っても良い。 新しいことを知る喜び、自分の知識を確認する瞬間の緊張感、手応えを感じた時の達成感。埋まるノートとすり減るシャー芯にも思う部分はあった。 それを不気味に思った両親は見張り役という意味で今の家庭教師を寄越した。精神科で有名な大病院の子息であるその家庭教師は毎日のように泉水の話し相手となり、結果的に以前のような奇行はなくなった。 それは家庭教師一人の成果ではなく、暇さえあれば泉水に連絡を寄越す将一もいたから成し得たことなのだろう。 いとも簡単に机から引き剥がした有村将一という男は、やはりライバルに値する男だと的外れな考えに頷いた。 .
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加