第2話 千夏と母と

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  直くんも、ホトトギスの兄さん鳥のように優しかった。 僕が流行りのベーゴマが欲しいと駄々をこねたときには、自転車で片道3時間はかかる大きな町に行き、皆が晩御飯を食べ終える時間に、僕の欲しかった物を大切に抱えて帰って来た。 「その日の夕方には、蝉を大切にくわえた兄は、ワガママな弟が待つ家に、無事帰って来た。 《お兄ちゃんは食べないの?》 蝉をついばむ弟が尋ねると 《俺はもう食べた》 と、兄はこたえる。 そんな日が幾日か続いたのだけれど、自分のことをしか考えない馬鹿な弟は、常識外れな、嫌な考えを持った。 今、自分の隣で寝ている兄の寝顔はどうだ、あまりにも満足気すぎやしないか? おそらく僕の知らない所で、翔べない僕の行けない場所で、美味しい木の実をたらふく食べて来たに違いない。 ワガママな嘴(くちばし)は、無意識のうちに、すやすやと眠る兄の腹を裂いていた。 そしてワガママな嘴にからみついたのは、優しい兄の腹の中で、消化されないでいたパサパサでゴリゴリでアリさえも棄てる蝉の羽根‥‥‥」  
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