第2話 千夏と母と

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夜の11時を回った。 東北出張のさなか、小型クレーンのリコール騒ぎが起こった。 3日で帰れると思った仕事だったが、リコールの対応で東北各地を転々と回らなければならず、僕が横浜に帰って来れたのは、出発した日から2週間以上経った今日だ。 東京駅で運良く京浜東北線の座席に座れた僕は、久々の都会の灯りに落ち着き、膝の上にスマートフォンを取り出して、もう1つの落ち着く場所、携帯小説サイト〈ノア〉の個人コミュニティ〈ネタ帳〉の扉を開いた。 《ようやくアパートに帰れるよ。田舎の静かな夜も悪くはないけど、やっぱり長年住んだ場所は落ち着く。明日は有給をもらえたから、のんびりと過ごそうと思ってる。星の数ほどのお小言をディーラーさんからもらって、もう限界。ははは》 ネタ帳への書き込みは、唯一の参加者である志穂さんへメールで連絡される。 志穂さんはどちらかというと夜型であるから、1分も経たないうちに、彼女からの返信が僕のスマートフォンに届く。 《清春さん、本当にお疲れさまでした。明日はゆっくりと休んでくださいね。でもね、今夜は少しだけ、清春さんと、お話がしたいなぁ》 ありがとう、と思う。 苦しいリコール対応の最中は、正直、彼女の励ましの言葉に支えられてきた。
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