残虐から始まる物語に唾を吐く物語も多い

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「つまるところ、私が自己顕示欲という概念の中で一番嫌いなのは、痛い目を合っている時にだけ平凡な一般人になることを願う感情なのよ」  放課後の教室は、そこはかとない倦怠感と何とも言えない穏やかな夕日が支配していた。  黒板は斜めにハイライトが当たり、日直が消し忘れた文字の一部分を浮き上がらせる。日付も変わっていない。 「誰だって考えることがあると思うの。実は、自分は彼ら彼女らとは違う、特別な存在ではないのかと」 「いや、ない」 「あなたの意見は聞いていないわ。それなのに、いざ自分が風邪を行くと、できるだけ風邪が長引いてくれないかと考える自分がいるのよ」 「そりゃ、熱が引かなけりゃ引かない分だけ休めるからな」 「そこなのよ」  僕に人差し指を向けながら、彼女--小無雁(こむかり)は腰を据えていた勉強机から飛び降りた。後ろで束ねた黒髪は夕日をなだらかに反射し、高級感のある艶と細さが際立った。  彼女の特徴を説明するうえで一番印象的なのが、大きめの瞳よりも、細い顎よりも、この髪の毛である。  風が吹いたわけでもなく、人為的にかきあげたわけでもなく、なぜか彼女の髪の毛は突発的に空中でたなびく。体操選手の足技を何度も見ているようだ。  原因不明のこの現象を、彼女限定で起こるこの怪奇を僕は「自動オカルトヘアー」と呼んでいた。
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