出廷

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 本来ならば、それは許されることではない。人間を差別することは「法の下の平等」の理念に反するからだ。だが、それは人間が創った理念であり、「法の下」という言葉自体が、人間が先天的に平等ではないことを物語っている。そして、「法」という枷をはめてしまえば、どんなことも許されるという意味でもある。今は法が変わり、死刑や終身刑が、その様相を僅かに変えただけなのだ。  拘留された者は裁判などせずに、まとめて処分するのが合理的なはずだ。事実、私もそうなるものだと思っていた。  だが、簡易化されたとはいえ、「全ての人間は、等しく裁きを受ける権利がある」と聞かされた時は、我が耳を疑った。何ともアメリカ的だ。いや、恐らく戦後の東京裁判しかり、大義名分をこさえたいだけなのかもしれない。 「鬼千さん、鬼千束尋(つかひろ)さん?」また弁護人だが、私はもう少し気持ちを整理したい。  私に下される判決は、恐らく二つ。即時処刑か、終身強制労働のどちらかだろう。さて、どちらが良いものか? 今の心境ならば、処刑を望む。だが、今際の際、生にすがり付く人間を、私は大勢診てきた。私もそうなるのだろうか? 「鬼千さん、判決がどうなるか、不安なんですか?」 「なんだと!?」私は、はっとして、弁護人を睨み付けたが、その薄気味悪い表情に、すぐ目を反らした。  まさか本当に、私の心が読まれたのだろうか? 「いえ……、出廷前にそんな表情をしてるものだから、もしかしたらと思って」弁護人はたじろいだ様子だった。  安心した。自分では気付かなかったが、よほど思いつめた表情だったのだろう。心が読めるはずがない。  私は闇医者だ。戦前は二十年以上に渡り、非合法な外科医療行為を続けてきた。いずれ裁かれる運命だとは思っていたが、まさかこんなかたちで裁かれようとは……。  私はテレビの中の裁判しか知らない。それも、制度が変わってしまう前の裁判の話だ。歳を取ると、保守的になると言うが、全く未知の世界に、何か期待にも似た感情が湧き上がっているような気がする。
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