開廷

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 本物の法廷は、私がテレビを通じて観たものと、大差がないことに興ざめした。裁判官を正面に、向かって正面に証言台。その左右に被告席と検察席、それを囲むように傍聴席が広がっていた。  私は傍聴席を眺めつつ被告席へと向かった。目一杯詰め込めば、百人以上が傍聴できる規模だったが、今日は七十人ほどだろうか? ところどころ屈強な警備員を挟み、老若男女規則的に揃っているが、恐らく関係者は一人もいないだろうと思った。私の命が懸かっている裁判でも、暇潰し程度の気持ちでいるのだろう。  ふと、傍聴席をなぞる目が止まった。見覚えのある男だった。かつて私が、背中から銃弾を摘出した、やくざ者の若大将だ。いや、正確には「元」若大将だが。  さらに隣には、同じく私が手術した親分さん。恐らく後ろに座る異様な一団は、構成員だろう。無論、全て「元」だ。その証拠に、こちら側ではなく、傍聴席にいる。暴力を生業とし、他者を寄せ付けぬ威圧間。そして、文字通り人を刺すような目つきは、既に消えていた。  もう私とは、縁もゆかりもないものとなった今でも、律義に一団を形成し、私の裁判を傍聴しに来たのだろうか? 実に不愉快極まりない連中だ。  私は被告席に座り、他に縁のある人物がいないか、引き続き傍聴席を観察した。たとえ幻でもいい、この狂った世界から、私を過去の記憶へ引き戻してほしいのだ。  そして、私は見つけてしまった。それは私の父だった。こちらも「元」父だが、私と母を捨てた男だ。四十年近い歳月が過ぎ、彼は老人とも言える容姿だが、見間違うはずがない。  私は席を立ち、彼を殴りたかった。いや、殴るだけでは済まない。何もかも度外視して、肉の塊になるまで痛めつけたいと思った。わざわざこんなところまで来て、まだ父親のつもりなのか? こんな理不尽で、残酷なことがあるものかと。だが、今の私は、それに何ら意味がないことを知ってしまっていた。
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