第1話

2/14
前へ
/15ページ
次へ
窓にはブラインドが降りていて、中の様子は見えない。 だけど隙間からは明りが漏れていて、中に人がいるのは確かだった。 入口に『本日休診』の札がかかった病院の前を、通り過ぎては戻り、また行き過ぎては引き返し…… 学校にも行かずに昼過ぎから、一体何時間この辺りをうろうろしただろう。 あの日からずっと。 頭から、離れない。 『キミが来るなら、開けてもいい』 『味見だけじゃ、足りないようだ』 2月14日。 今日その扉を開けるということはつまり、そういう事だ。 あの時のアレをただの『味見』だというなら、きっと今日は――。 「……っ」 思い出しただけで疼く。 あの人が触れた感触、耳にかかった息と甘い声。 それなのに核心は避けた言葉と、今日の曖昧な約束。 引き返すなら今だ。 これが最後のチャンス。 こんなのは、普通じゃない。 普通じゃない――なのに。 抗えない誘惑。 ひと時も忘れられなかった悦。 ついに扉の前で足が……止まる。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

79人が本棚に入れています
本棚に追加