第1話

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「本当に来たんだ」 驚いたように目を見開いた先生がそう言った時、のこのことやってきたことを激しく後悔した。 「……っ文句! 言いに来たんだよ」 あの時、あんなことをしておいて。 今日のことを仄めかしたのはそっちなのに。 『本当に、からかいがいがある』 ――からかわれただけ、だったのかよ畜生。 「っの、イカサマ変態野郎が!」 一発殴って、あの綺麗な顔に傷でも作って、全てなかったことにして逃げ出そう。 二度とここには近づかない、全部忘れる。 振り上げた拳は、 「……ふ」 眼鏡を直しながら鼻で嗤った男の視線ひとつで固まった。 「何、嗤ってんだあんた」 「えらい違いだな、と思って」 「あ? 何が」 「この前と」 「――ッ!」 途端、かぁっと顔が熱を帯びる。 追い打ちをかけるように 「楽しんでいたように見えたのに」 ネクタイに指をかけ少し緩めながら立ち上がった先生が、大きく一歩近づいた。 「……く、るな」 「診察台に座りなさい」 後退る俺に向けられた声は、低く響く。 「や」 「座りなさい」 怖かった。 でもどこかで―― 期待、していた。
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