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「一年半前くらいかな。試合前でな、毎日夜遅くまで練習して、クラブのみんなで学校から駅に歩いてる時やったらしい。いきなり自動車が歩道に突っ込んできてんよ」
明日香さんは私を隣に座らせてから訥々と話し出した。
「居眠り運転やったらしい。翔平はそれで足を怪我して……サッカー辞めた。普通の体育程度の運動なら問題ない程度には回復してんけど、長時間、ハードな運動は一生無理なんやて」
「そんな……」
信じられない私は、嘘だという懇願を込めて明日香さんを見つめるけど彼女は緩く首を横に振った。
でも、思い返せばそういう兆候はあった。
翔ちゃんが『面倒だ』とサボっていたのはマラソンとか長距離走を余儀なくされるスポーツの時だったし。
この前だって、窓からぼんやりと見つめていた校庭ではサッカーをして遊んでいる男子生徒達がいた。
「でも、他の部員は軽傷で済んで、試合には勝ったんよ。それを聞いて病院で入院中の翔平は『よかったな』って笑ってた。でも、退院してから荒れてしまって。夜遊びするわ、女とっかえひっかえするわ。だけど、学校では大人しくしてるから先生にバレることなかってんけど、そのギャップがいつ切れてしまうかわからない細い糸みたいで怖かった」
当時のことを思い出したのか明日香さんの顔が苦痛を伴ったかのように歪む。
それがどれだけ深刻な状態だったのか物語っていて。
駅のホームは人がいるのに、全ての音が遠くに行って、静かで重い空気が私たちの周りに満ちていく。
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