第1話

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   彼女がいる気がした。    僕をそこで待っている気がした。  駆け出したい気持ちを抑えながら、早歩きで建物へ。中に入るためには、一度テラスに降りなければいけないのだが、その為のわずか数段の階(きざはし)ですら、煩わしい。  壁や天井に描かれし、キリストの物語を主題にした西洋の絵画には目も向けず、上階につながる階段を駆け足でのぼっていった。  どの店も営業前で、誰ともすれ違うことなく、屋上の前の扉にたどりついた。    ドアノブに手をかけたまま立ち止まり、呼吸を整えるようにつとめた。ピークに達した緊張感、鼓動は身体中の至る所にまで反響している。内部から突き動かす力に、抗いきれなくなったかのように、勢いよく扉を開いた。
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