第1話

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   扉の先には、雲一つ無き蒼穹があった。しかし、彼女はいない。    かつて眺めたのと同じ風景のみがそこにあり、また悲しみしか残されていなかった。      夕日に照らされ、黄昏に飾られた街を眺める。その街は、幾度も眺めしその街は、徐々に輪郭を失い、音もなく崩れだした。  歪形になり、無惨に引き伸ばされて、水面に落ちた紙のインクが滲むように、原形を失いはじめた。    頬に雫がつたい、僕は落涙に気がついた。  時は憐れむことなく眼前を闇で包み、街に灯りを点した。      扉が開く音がした。  もしかしたら、と振り返ると、そこには気まずそうに自分を見る、男女がいた。どちらも知らない顔だった。  このときになりはじめて、ここが僕と彼女だけの世界ではなかったことを知った。    2人は自分とは反対方向へ行き、夜景を眺めていた。僕はそっと、屋上を後にした。  彼女をうしなってから、このようにして虚しく過ごしていた。  
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