第1話

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 どれほどの時間、山頂でこの景色を眺めていただろうか?  悲しい感情に慣れた、陰鬱なにおいの街には戻りたくなかったのだろう。  海上から灰色の雲が迫ってきているのが目に入った。天候が崩れることは明らかであった。  それでも僕は、動こうという気持ちにはなれずにいた。ともかく気分に任せて、ベンチの上に横になり瞼を閉じていたのである。  動かねばならない、と思ったのは、冷たい滴が、身体の上にてはじけるのを感じた後だった。
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