454人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
ついでにさっきからコイツの口周りが気になってたんだけど、拭いてもいいかな?
ハンカチを取り出して、固まっているうちにと汚れた部分をそっとフキフキしてみる。
しばらくそうして動かなかったウィルが小刻みに震え始めた。
さて、次はどうくるのか。
「は、は、春馬ああああああ!」
「うわあぁ!?抱き、ちょ馬鹿!倒れ───!」
勢いよく飛びつかれてバランスを崩し2人で床に雪崩込む。
───クッソ、抱きつかれることは考えてなかった。
半ば押し倒されるような形になって、見慣れた天井をぼんやり眺めた。
痛い、背中が地味に痛い。
そういや外国の喜びの表現ってハグとキスだっけ。
そうか、これが洗礼か。
てか何で俺の名前………あれ、これデジャヴ。
「おーい、ウィルー重いぞー」
遠い目になりつつ声を掛けると、視界いっぱいにあった天井に鮮やかな金と青が入り込んだ。
「ごめんごめん、嬉しくって!」
喜色満面ってのはこの事をいうんだろうな、周囲に咲き誇る花の幻覚が見えた。
大したことでもないのにそんなに幸せそうに笑うから、俺も自然と顔が綻ぶ。
偶然拾って、その場限りの付き合いだと思っていた出会いが、まさかこんなことになるなんて。
人生何があるか分からないもんだな。
でもこれからまた毎日が楽しくなりそうだ。
「宜しくな?」
「宜しくお願いします!」
───拝啓、御姉様。
今日俺はお隣さんと友達になりました。
同い年で同じ大学、イギリス出身とのことです。
ええ、日本人じゃありません。
でも良い奴そうなので安心してください。
どうやらアンタが俺に叩き込んだ料理の技術は人の役に立ちそうです。
「そういえばウィルは、俺が隣人だから名前とか知ってたんだよな?」
「え!?ああうんそんな感じ!………あ、でも名前ちゃんと合ってた?」
「合ってるよ。あー、でも一応自己紹介するか。お隣の篠之芽 春馬だ」
「よかった……その、春馬って呼んでいいかな?」
「別にいいけど」
俺の自己紹介にまた軽く抱きしめられる。
ハグだハグ、何とかして慣れろ俺。
この程度でビクビクしてたら身が持たないぞ。
「それで、今日の夕飯なんだけど春馬」
もうその話なのな、早すぎる気もするぞ。
「肉食べたい、飛騨牛みたいな奴」
「…………」
楽しみ3割不安7割の、半同棲生活が幕を開けた。
最初のコメントを投稿しよう!