454人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
ちらりと時計を見ればそろそろバイト支度を始める時間。
本当は昨日の夜、ゆっくり話をする予定だった。
それが予定のまま終わってしまったのは、実はウィルが相当疲れ切っていて話せる状態じゃなかったからだ。
俺が昨日の夜出した牛丼を食べている途中で、美味しいこれは何て料理だ天才だ等と宣いながらウィルはうつらうつら舟を漕ぎ出した。
元々栄養失調やら暑さやらバイト探しの過労が祟って倒れていたのだ。
腹が満たされれば眠気に襲われないはずもなく。
それに気付いた俺は、さっさと隣人を部屋に返した。
本人は物凄く不服そうで嫌だもう少しとごねていたが、結局眠気に負けて隣部屋へと戻っていった。
そんな事があってまだコイツとはほとんど話をしていない。
出来ればウィルとの親睦を深めるためにも今日は一緒に過ごしたかったのだが。
……バイトサボるのはちょっとなぁ。
「あー、あのさウィル」
「今からバイトなんだろ?」
……いやそんなしれっと笑顔で言われても。
何で知ってんですか。
完全に動きを止めた俺を見て、ウィルが慌てて口を開く。
「あ、いやあれだぞ?隣だからこの時間に春馬の部屋から聞こえる物音で何度か起こされたんだ。今は大学夏休み中だし、それにしては時間が決まってるし、もしかしてバイトかなって」
なるほど、それなら朝もう少し静かに支度すれば良かったな、申し訳無いことをした。
「そっか、それはごめん。じゃあバイト行ってもいいか?本当はもっと色々話したいんだけど……」
「構わないよ、時間はこれから沢山あるし。というか君が謝る必要はないって。俺が世話になってるんだから。こちらこそありがとうな、俺と出会ってくれて」
「………それ恥ずかしいから止めてくれ」
何でこうもクサい台詞を甘い声と笑顔で平然と言ってのけるのか。
照れて赤くなった顔が隠れるよう、そっと緑茶を啜った。
初朝食の感想がひとしきり終わった後、俺はバイト支度の合間にとあるカードを渡した。
「………これって」
「俺のバイト先のカード、住所は裏に書いてあるから。俺は其処にいるからもし困った時はいつでも来てくれ」
ついでに店の繁盛に貢献してくれ。
安心させるように笑みを浮かべて肩を叩いた。
昨日の話を聞く限り、ウィルはこの1ヶ月慣れない異国の地で拠り所がなく精神的な面でも追い詰められていた。
そう考えるとこんな状況でまたウィル独り残してしまうのは若干可哀想な気がする。
最初のコメントを投稿しよう!