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「……ありがとう」
アインは言った。返事はない。もう眠りに落ちているという事はないだろうが、それをアインは気にしなかった。
ゆっくりとアメリアの体を引き離し、自分の膝の上に頭を置く。その後、アインも目を閉じた。
「……シュラハト……」
静寂の中で昔のことを思い出し、アインの口から一つの単語が零れた。それは、今尚地図に名を残しているのかも分からない、アイザック・ハーコートの祖国の名だ。
シュラハトの大臣は基本的に親から子への世襲制であり、その点では貴族に似た存在と言える。
しかし、それは表面上の話。実際には徹底した実力主義の世界であり、大臣の子であろうとなんだろうと、厳しい試験を課された後に数名が役人として採用され、実績を積んだ後に大臣となる。
大臣は自身が持つノウハウを子に継ぐことが出来る。また、実力主義故にその役職は優れた能力の証であり、なんとしても一族で繋いでいきたいと、親は、子に半ば強いる形で勉学に励ませる。
勿論ドロップアウトする者もいるが、大抵は採用される。大臣になれるかどうかは己の能力、人柄による部分も大きいが、親からの助言を受けやすいというアドバンテージが有る。(ちなみに、『役人として国に仕える者は、各家庭で一人までとする』という決まりが有るので、子が試験に合格すると同時に親である大臣は引退する)
これらのことから、親から子へと継がれているように見えるだけで、基本的には一般人でも能力さえ有れば大臣となれる。
その一例が、アインことアイザック・ハーコートの大躍進だったのだ。貧しい家に生まれ、物心ついた頃には父を失っていたが、ある博識な老人に気に入られ、彼の下で無償で勉強することができた。
試験を通過できたアインは、その後身を粉にして民のために働いた。元々役員になった理由は高給与に有ったのだが、仕事にも熱心に取り組んだ。民の問題に親身に寄り添い、寝食も忘れて問題解決に身を捧げる。当然民からの信頼も厚く、最終的には国王から大臣に推薦された。
そしてアインが大臣になってから半年、あの宝剣を国王がシュラハトに持ち帰ってきた。と、同時に疫病が流行した。
アインに近しい人間――母親、老師は病に倒れ、急逝した。唯一の肉親となった妹も病気に侵され、一人で行動することも困難になっていた。
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