好きな人

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「蒼甫…私、付き合ってる人がいるって言ったよね?」 嘘だけれど。 彼をフるために言ったその嘘。 いつだったか、復縁を求められたときにたくさんついた嘘のうちの一つ。 「分かってる…。」 いつもより、1オクターブ低い声でそう呟く。 「だから…こういうことしないで。」 溢れそうになる涙を堪え、 彼の腕を剥がそうとするが 「なな・・・。」 切なく擦れた声でそう言う彼に 胸がキュッと締め付けられる。 「やっ…やめ。」 「なんでなんだよ・・・。」 うっと思わず声が漏れそうになるほどキツく ぎゅーっと抱きしめなおされた。 お腹や首に彼の腕がめり込んでいく。 「んっ…やぁっ。」 目に涙を浮かべて 苦しいと訴えても、彼は緩めることなく 益々、力を込めていく。 そして、彼の唇が私の首筋に当てられ 生暖かい感触がする。 「男がいるってことも。」 そのまま皮膚を強く吸われ 「いっ…たぃ。」 ぴりっとした痛みが走った。 縛られている痛みと 皮膚から感じる痛みで涙は溢れ 彼の腕をぽたぽたと濡らしてしまう。 早く離してほしい…。 体だけじゃなくて、胸がズキズキとした痛みを伴っていて。 彼にそう頭の中で願いながら、目をギュッと瞑る。
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