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彗は見上げていた視線を
地面にできた水たまりに移し、項垂れる。
足音はやがて彗の目の前で止まった。
水たまりに虹色の傘が映し出される。
「・・・響・・・か?」
その傘は確かに響が
以前学校に持ってきていたものだと思っていた。
だが、彗が顔を上げた途端、
彼の思考回路は瞬時に止まってしまった。
「・・・オレ・・・?」
目の前に佇むのは
響の傘を持った自分の姿だった。
「何で・・・何だってんだよ・・・?」
自分のその目は嘲笑うかの様な視線で
彗を見下していた。
「は・・・はは・・・。そうか、そういうこと・・・。」
そう呟くと、彗は背にある開かない扉に
身体を委ね、何も見えなくなってしまった灰色の空を眺めた。
「敵は響じゃないっていうことか・・・
そりゃそうだ。オレ自身だってことだよな・・・。」
彗は静かに瞼を閉じた。
「・・・彗!」
すると微かに聴こえてくる友人の声。
彗はその声に意識を取り戻した。
先程自分自身が佇んでいた場所に
響の姿があった。
「こんなところまで来ていたのか。探したぞ。」
「響・・・。」
「何だ彗、寝てたのか?」
「オレ、寝てたか?」
「いや・・・どうだろう。俺は今来たところだが、
お前は目を閉じていたからな。わからない。」
「じゃあ寝てたんだな。何か夢を見たから。」
「自分でわかってるのなら聞くな。」
「だな。・・・雨止んだか?」
気がついたら周辺が先程よりも明るかった。
空からは光が溢れてくる。
彗はその場に立ち上がり
青く開けてきた空を見上げて呟いた。
「こういう雨上がりは見える筈・・・ほらな。」
「・・・ああ、あれか。」
「そう・・・あれ。」
二人は彼方に大きくかかった
徐々に色濃くなっていく虹を眺めた。
「響、悪かったな。急に飛び出して。」
「いや・・・お前にもあんな感情があったんだな。」
「それ、オレも別の意味で思ったよ。」
二人はその場で笑いあった。
未来のピアニストの歴史が
ここから始まった―――
Fin.
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