第1話

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「・・・っくしょう・・・!」 彗(スイ)はピアノの鍵盤を叩きつけて 防音部屋を飛び出した。 「おいおい、そんなことしたらピアノが泣くぞ。  ・・・ってもう俺の声は届かない・・・か。」 ピアノの脇で佇んでいた響(キョウ)は たった今叩きつけられた鍵盤と まだ周辺に漂う歪んだ音に耳を澄ましている。 「・・・彗、初めての挫折・・・ということかな。  否、まさか・・・・・・あいつに限って。」 彗が飛び出した防音室に 取り残された響は口元を歪ませた。 彼が勢いよく開けていった扉を眺めていたが 直ぐさま目の前に移る鍵盤に 細くて長い指に男性にしては白魚の様な手で触れ、 人差し指をそっと白鍵へと押しやる。 すると一つの音が静かに響き渡った。 「・・・いや、今の彗はこの音ではないな。」 響きは呟くと同時に半音上がった黒鍵に触れる。 弱々しい音が無音な部屋に吸収され 一部が開いたままの扉へと誘われていった。 「音も逃げたか・・・。」 気がついたら彗は雨に濡れていた。 天気予報でも読み取れない程の雨。 「天もオレを見放したってわけかよ・・・。」 親の敷いたレールにまんまと乗っかり 才能がなかったわけでもない彗は 親の英才教育の賜物で狭い世界で1番を取り続けた。 そう、でもそれは中学生までの話。 今初めて憤りを感じている彗だったが 自分の中ではこの原因が特定できずにいた。 ―――ただ思い出すのは響の紡いだ音。旋律。 自分の音とは明らかに違ったと彗は感じた。 ―――響は上手いだけではない。    感情が込められている。 彗は既に青空の見える遠くを眺めながら 小雨に打たれていた。 頭を、気持ちを冷やすのにはちょうどいい程の雨。 「・・・あいつに思い知らされるとはな・・・。」 建物や民家がひしめき合っているのに 誰も通らない、誰もいない道を 行く宛もなく、水滴を身に纏いながら 彗は暫く歩いた。 止みそうで止まない雨。 彗は入口の閉まっている建物の 庇の下に滑り込み 入口にあるコンクリートの短い階段に腰を下ろした。 <続く>
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