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ショートストーリー
8月の部活帰り、翔(ショウ)は海の景色を脇に
駅へと急いだ。
夕方でもまだ空は明るい。
やっと茜色に染まりかけた頃だ。
海以外何も見えないこの駅は
観光客が降りることはあまりなく
景色を堪能しながら通過していくのが普通だ。
翔もこの最寄り駅の学生でなければ
降りなかったかも知れない。
「・・・やっと駅か・・・。」
当番とはいえ、一人で部室掃除は身体に堪えた。
怠惰な身体と眠い瞼を何とか開けて
彼は最寄り駅へと急いでいた。
特に用事があったわけでもない。
もうすぐ電車が来るわけでもない。
しかもこんな季節は遅れるのも当たり前の時刻表なので
はなから期待はしていなかった。
改札口が一度線路を横断しなければならない作りに
面倒だと思いつつ
翔は線路を渡ろうとした時だった。
「あつー・・・・・・。」
繊細な声が翔の耳に届き
思わず重い瞼が開く。
声は右側に見える駅のホームから聴こえてきた。
翔は顔を上げてホームを眺めると
そこには同じ学校の同じ学年の女子学生である
千世(チセ)が佇んでこちらを見下ろしていた。
彼女は翔と視線を合わせたが
何も見えないかの様な素振りで
再び正面に広がる海原を眺めていた。
彼女の首元に滲む汗が夕日で光る。
それでも千世の表情は涼しかった。
潮風に髪を揺らす彼女が
この日から気になる存在となったのだった―――
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