第9話

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看板娘であることが見世娘の本職であるのに、都季が格子前の控え間で腰を落ち着ける暇は殆ど無かったのだ。ひっきりなしに訪れる客の数が、都季の凄絶さを物語っていた。 飛ぶ鳥を落とす勢いとは、まさにこのことであろう。 しかし、そんな日々はほんの三ヶ月で終幕を閉じることとなった。 *** 「先生、頼みたいことがあるんですが」 この日、都季が医院に赴いたのは未の刻(午後二時頃)を回った頃であった。 夏には草木が生い茂っていた医院の中庭は、霜枯れてどこか侘びしく感じられる。 そこから見える遠山は、白くおぼろに霞んでいた。 「久しく顔を見せたかと思えば、頼みごとですか」 医者は、火鉢にかけていた鉄瓶を取った。 都季が見えたときは、腰痛の患者に鍼(はり)を施術していたところだった。 都季を待たせている間に、私室であるこの部屋で湯を沸かしておいたのだ。 鉄瓶から湯気が上がっている。 湿り気のある暖かな空気が、肌にまとわりついた。
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