第9話

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「はい。行きたいところがあるんです」 「行きたい所とは?」 都季に熱い茶を淹れてやった。 茶杯を乗せた茶托をそっと滑らせて、都季の膝の前に寄せた。 「父さんと母さんの所です。 私はあそこに戻れませんが、父さんと母さんはひもじい生活をしています。 だから、稼いだお金を少し渡してやりたいんです」 茶はまるで眼中にない。 真意のこもった熱い眼が、医者を焦がさんばかりに見つめている。 「冷めてしまいますよ」 「そんなことはどうでもいいです」 「そう、仰らずに。 外は寒かったでしょう。温かいうちに喫しなさい」 都季は不満げに肩で息を吐いた。 茶を服す気分では無かったようだが、しぶしぶ茶杯を手に取った。 茶は、緑茶に蓮花を混ぜた、香りのよい蓮花茶である。 肌の張りが良くなると娼妓らに名高い人気を誇る茶であるが、同時に安眠出来るという鎮静効果も認められた高級茶である。
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