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妙児は竈の前で味見している料理長を一瞥した。
顎鬚を垂らした壮年の料理長は、腕こそ確かで手抜かりを許さぬ口やかましい男であるが、冷たさや鋭さは身に備わっておらず心もとない雰囲気を併せ持っている。
小物風情の考えが受容されると思い侮られるとは、料理長の威厳の無さがもっともの要因であろう。
「お前に聞かせねばならぬ理由はありません」
妙児は心の端にも止めず立ち去ろうとした。
しかれども、宗加は行く手に立ち塞がるのである。
「知っています。シノを茶師にとお考えなのでしょう」
ならば何だと言うのか――。
妙児が足を止めて怪訝な目を向けると、宗加は臍の前で合わせた手をかたく握った。
「何故シノなのですか。みな一通り茶芸の基本は習得しています」
作業をしていた下女らが手を止めた。みなの目が妙児の答えを待っている。
料理長は煮物の味付けを調節しはじめたが、背中で話を聞いているのが見てとれた。
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