第1話

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 閉店間際の銭湯は閑散としている。    ただでさえ利用客が降下の一途を辿る何の変鉄もない町の銭湯だ。  家風呂が常識になった昨今においては年寄りかよっぽどの風呂好きでない限り平日の深夜に銭湯など利用する者はいない。  小学5年生になる荒川徹也が父親と寒空の下火曜日の23時過ぎに銭湯を訪れたのは、築20年になる自宅マンションのガス給湯器が突然プロレスラーの雄叫びのような音を上げて昇天したためである。  母親がいたならばガスコールセンターに電話して緊急処置を行ってもらうという発想が浮かんだかも知れないが、徹也の母親は某男性向けカツラメーカーの営業職をしておりその日は生憎、ではなくいつもの通り出張のために家を空けており、昨今の不景気によりサラリーマンから主夫に転職せざるを得なかった機転の利かない45歳になる父親と2人、寒い寒いと口走りながら古ぼけた銭湯にやって来たというわけであった。  暇そうに煙草をふかしながら黒いブラウン管テレビを見ている愛想の欠片もない性別不明の金髪丸坊主の老人番台に400円ずつ払い、紺色に白抜き文字で染め抜かれた男風呂ののれんをくぐる。  家計のやりくりをいっさいがっさい任されている父親は「風呂ごときに800円か」とぶつくさ言っていた。 一方で徹也はしきりにあたりを見回し、どうやら自分たち以外客はいないようだと知ると安心して服を脱いだ。  夏辺りから生えはじめた陰毛はまだまばらで綿毛のようだ。  思春期にさしかかる微妙な年齢の徹也にとってそれは最大のコンプレックスであった。  徹也の男性器はまだ小さく皮は被ったままで、色はピンクがかった肌色。  まるで赤ちゃんのまま成長していないようだ。  その上に綿毛がちょろりちょろりと乗っているために、徹也はもしこれを他人に見られたら絶対に笑われるに違いないという羞恥心を常に持ち合わせていた。  何も考えてなさそうな老人やおっさんならまだしも、同世代や若者には特に見られることを恐れていたからだ。だからあえて父親に無理を言って客の少なそうなこんな時分を選んだわけである。
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