第1話 「神隠し」

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 そして、一昨日、檜山は帰ってきた。その様子を見て、彼に何かあったことは直ぐに分かった。  部屋を出ようとした桔梗と偶然顔を合わせた檜山の顔は青ざめていた。どこか頬がこけたような印象を与え、酷く疲れているようにも見えた。虚ろな目で桔梗を一瞥した檜山に、桔梗は軽く会釈し声を掛けた。 「お久しぶりです」 「…………ああ」  覇気の無い声だった。  たまった新聞が気になっていた桔梗は、普段はあまり話した事もなかった檜山に続けて話しかけた。 「旅行にでも行ってたんですか」 「…………まぁ」  目を泳がせながら、檜山は適当な返事を返す。  これ以上話す内容もなく、桔梗はそれ以上何も尋ねなかった。  しかし、彼は覚えていた。  サークルで以前に一度だけ見た『神隠し』のインタビューメモと、気になる情報。  失踪した人が突然帰ってくる事もある。   「そして、彼らは何も語ろうとしない。まるで何かを怖れているかのように」  夢美が桔梗より先に言う。桔梗よりもサークルにいる時間が長いだけでなく、神隠しのインタビューメモも実は彼女が記録したものである。 「君よりは詳しいつもりだよ。特に『神隠し』はここ最近のメイン調査対象だからね」  夢美がふらりと机に向かい、鞄から一冊の手帳を取り出した。黒い皮の表紙の分厚いものだ。ぱらぱらと捲られる手帳には、遠目から見てもびっしりと細かく字が書き込まれている事が分かる。  素早くページを捲った夢美が手を止めたのは、黒々としたページとは少し違った、何やら図が書かれたページだった。  よくよく見ればそれは大学周辺の地図のようだ。あちこちに赤い×印が打たれているのが目に止まる。 「何ですかそれ」 「地図だよ。赤い×印は今まで『神隠し』にあった人が失踪する直前に目撃された場所。本人から失踪した場所を教えて貰えればいいんだけど、誰も喋ろうとしないからね」  ×の数は、一目見ても相当な量だと分かる。これ程の数の人間が『神隠し』にあっているのか、と驚くのもそうだが、それだけの調査を行っている夢美の行動力にも驚かされる。 「まぁ、勿論この全てが本当に『神隠し』と関連している訳ではないと思うけど……少なくともこの内の一部は『神隠し』と呼ばれるものに大きく関係しているものだと思えないかな?」
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