第1話 「神隠し」

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 眠たそうな声に次第に高揚が宿り始めている。弾むように続く話を途中まで聞いて、桔梗はしまったなと額に手を当てた。  サークルに入り浸り、更には此処まで積極的に活動している。それだけでも分かる当然といえば当然の事実。  枕芭夢美は都市伝説マニアなのだ。  そして、その彼女が積極的に桔梗に絡みに来ているという事は。 「興味深くはないかな、鏑木君?」  眠たげな目を更に細めて、夢美は桔梗の肩に手を掛けた。 「君のお隣さんに話を聞ければ嬉しいんだけど……今まで同様ロクに話も出来ないとしても、可能性には賭けてみたい、よね?」  もう遅い。  返事を待つまでもなく、夢美は笑顔で桔梗の胸元に手帳を押し付けた。 「宜しく頼むよ鏑木君。私も調べたい事が山程あって、手が足りなくて困っていたんだ」  言葉も出ない桔梗の、夢美が手を掛けていない側の肩に、手を伸ばして掛け、獅堂が苦笑交じりに囁いた。 「こいつの頼みを断ると後が怖いぞ?」  獅堂同様、苦笑を浮かべて美智が桔梗の顔を見上げた。 「わ、私も手伝うからさ。枕芭さんの言う事は聞いた方が無難だよ」  美智までも、と桔梗が息を呑む。前までは彼女が夢美を怖れていたようには見えなかった。二人の証人のお陰で、桔梗も厄介な先輩の厄介さ加減を再認識する。 「そんな人を腫れ物みたいに……ま、でもそういうことだから」  反論の間も与えずに、鞄をさっさと抱えた夢美はふらふらとした足取りで部屋を出て行った。緩慢な挙動の割には意外と素早い行動に、とうとう手帳を突っ返す事が出来ないまま、桔梗は取り残されてしまった。手元の×印だらけの手帳に視線を落とす。  桔梗は深く溜め息をついた。  元より気になったからこそ、サークルの資料を漁りに来た。時間の合間を縫って、調べられる事は調べてみてもいいかもしれない。  鏑木桔梗の久しぶりの都市伝説調査対象は『神隠し』となった。    確かに桔梗は好奇心は強い方だと自覚している。  それでも、手間を掛け、面倒事に踏み込んでいく程ではないとも思っていた。  そんな彼がどうして、素直に夢美の命令に従ったのか。  彼は怖かったのだ。  自分の身近で、都市伝説のような何かが起こっていることが。  得体の知れない何かが潜んでいる事が。  だからこそ、その正体を暴こうとした。
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