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「皆様」がろくでもない人間である事は容易に理解できた。
背中を開かれている人間を、笑いを噛み殺しながら眺めているような連中だ。
今の自分が置かれた状況の、絵面が唐突に頭の中に思い浮かんだ。
椅子に縛り付けられた男の背中を、少女が鋏で切り開く。
開いた背中からは血が垂れ続ける。少女はそれを見ながら、男を弄ぶように言葉遊びに興じる。
そして、その光景を、笑いを噛み殺しながら眺める観衆。
自身の置かれた状況をようやく理解し、声にならない叫びをあげる男を見て、とうとう耐えきれなくなり笑い声を漏らす観衆。
ただでさえ冷たかった背筋が凍った。
取るに足らない少女の声と、混乱の中で目を逸らすことができていた、底の見えない恐怖が顔を覗かせた。
がたがたと体が震え出す。
たすけて。
布を噛まされた口をそう動かした。
「助けて欲しい?」
不意に違う女の声が聞こえた。
一瞬どきりとする。
何故ならその声には聞き覚えがあったからだ。
長いこと聞き慣れた声。そして最近聞いていなかった声。
佳枝(かえ)。
あの女と出会うもっと前。前の女のその前。
一番最初に付き合った女の声だった。
くっ、と笑い声を漏らして佳枝は尋ねる。
「助けて欲しい?」
何故、佳枝がいるのか。それよりも先に行き着く思考。
こいつの仕業か。
佳枝にどうしてこんな事ができるのか、どうでも良かった。
自分を恨む人間が此処にいて、自分はこの仕打ちを受けている。
背後の少女は誰かなどともかく、佳枝がこれのきっかけは佳枝だとはっきりと分かった。
振っただけでここまでするのか。
確かに嫉妬深い女だった。
でも、ここまでする女だとは思わなかった。
どうしようもない恐怖。体が震えだした今でも当然、痛みは引かない。血も止まらない。
必死で頷く。助けてくれ。
「……それだけ?」
佳枝の声が低く響いた。
それだけ?
何をしろというのか。必死で首を振り、アピールする。
何でもする。だから助けてくれ。
「そういえば……」
唐突に背後の少女が声を出した。
「人間、どのくらいの血を流すと死ぬと思います?」
どっと心臓が跳ね上がった。
どれくらいの血を流せば死ぬか。今、どれくらいの血が流れているのか。
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