第0話 「晒し者」

5/8
前へ
/87ページ
次へ
 「皆様」がろくでもない人間である事は容易に理解できた。  背中を開かれている人間を、笑いを噛み殺しながら眺めているような連中だ。  今の自分が置かれた状況の、絵面が唐突に頭の中に思い浮かんだ。  椅子に縛り付けられた男の背中を、少女が鋏で切り開く。  開いた背中からは血が垂れ続ける。少女はそれを見ながら、男を弄ぶように言葉遊びに興じる。  そして、その光景を、笑いを噛み殺しながら眺める観衆。  自身の置かれた状況をようやく理解し、声にならない叫びをあげる男を見て、とうとう耐えきれなくなり笑い声を漏らす観衆。  ただでさえ冷たかった背筋が凍った。  取るに足らない少女の声と、混乱の中で目を逸らすことができていた、底の見えない恐怖が顔を覗かせた。  がたがたと体が震え出す。  たすけて。  布を噛まされた口をそう動かした。 「助けて欲しい?」  不意に違う女の声が聞こえた。  一瞬どきりとする。  何故ならその声には聞き覚えがあったからだ。  長いこと聞き慣れた声。そして最近聞いていなかった声。  佳枝(かえ)。  あの女と出会うもっと前。前の女のその前。  一番最初に付き合った女の声だった。  くっ、と笑い声を漏らして佳枝は尋ねる。 「助けて欲しい?」  何故、佳枝がいるのか。それよりも先に行き着く思考。  こいつの仕業か。  佳枝にどうしてこんな事ができるのか、どうでも良かった。  自分を恨む人間が此処にいて、自分はこの仕打ちを受けている。  背後の少女は誰かなどともかく、佳枝がこれのきっかけは佳枝だとはっきりと分かった。  振っただけでここまでするのか。  確かに嫉妬深い女だった。  でも、ここまでする女だとは思わなかった。  どうしようもない恐怖。体が震えだした今でも当然、痛みは引かない。血も止まらない。  必死で頷く。助けてくれ。 「……それだけ?」  佳枝の声が低く響いた。  それだけ?  何をしろというのか。必死で首を振り、アピールする。  何でもする。だから助けてくれ。 「そういえば……」  唐突に背後の少女が声を出した。 「人間、どのくらいの血を流すと死ぬと思います?」  どっと心臓が跳ね上がった。  どれくらいの血を流せば死ぬか。今、どれくらいの血が流れているのか。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加