第0話 「晒し者」

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「人によって差はあるけど……貴方なら2リットルで死ねると思いますよ。あと何分もないかも」  何分もない。思わず凍り付いた。  それはタイムリミットの宣告だった。  不意に口布が解かれる。口にする言葉は決まりきっていた。 「佳枝! 頼む! 助けてくれ!」 「だから、それだけ?」  佳枝はうんざりしたように溜め息をついた。 「分かった! 何でもする! 何でも言う事を聞く! だから……!」  するりと目隠しが解かれた。  目に垂れてきていた血は布によってついでに拭き取られたらしい。開けた視界には、見上げる程の高さのあるカーテンが掛けられている。その前に一人、見覚えのある女の優しい笑顔が浮かび上がっていた。  髪は幾分か伸びていたが、どこかうつろな目は変わりなかった。飾り気のない地味な女。  以前のように薄い唇をぷるぷる震わせながら、佳枝は口を開いた。 「いやだ」  思わず絶句する。  もう一度付き合え、謝れ、そうとでも言うのかと思っていた。  何でもする、というこちらの言葉に、佳枝は「死ね」と答えたのだ。 「頼む! 一生のお願いだ! 俺が悪かった! 嫌だ! 死にたくない! 助けてくれ!」  今も変わらずぽたぽたと手に血が垂れる。  早く血を止めてくれ。力の限りに叫び、命乞いをする。   「私が引き留めた時も、一生のお願いだった」  佳枝が呟くように言う。 「それを突き放して、他の女に転がっていったのがあなた」  佳枝の言う事に間違いはない。全て事実だ。  だが、その報復がこれだと言うのか。  やっている事は同じなどとは言わせない。何故ならこっちは命が懸かっているのだから。  憤りを吐き出したい。それでも、今はぐっと堪える。  今の自分の命は、佳枝に全て握られているのだから。 「本当に済まなかった……お願いだ。本当に何でもする。だから頼む。佳枝。許して……」 「泣けよ」  佳枝は笑顔で言った。 「泣いて命乞いしろよ。あの時の私みたいにさ。まさか本当に殺されないと思ってる?」  声は低く、怒りが見え隠れしている。しかし、佳枝は相変わらず笑顔のままだ。それが不気味で仕方が無い。  狂っている。  それを理解した時、自身が無意識に抱いていた考えが完全に否定された。  殺される筈がない。簡単に人を殺す訳がない。  今の佳枝にそんな常識は通じない。
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