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「人によって差はあるけど……貴方なら2リットルで死ねると思いますよ。あと何分もないかも」
何分もない。思わず凍り付いた。
それはタイムリミットの宣告だった。
不意に口布が解かれる。口にする言葉は決まりきっていた。
「佳枝! 頼む! 助けてくれ!」
「だから、それだけ?」
佳枝はうんざりしたように溜め息をついた。
「分かった! 何でもする! 何でも言う事を聞く! だから……!」
するりと目隠しが解かれた。
目に垂れてきていた血は布によってついでに拭き取られたらしい。開けた視界には、見上げる程の高さのあるカーテンが掛けられている。その前に一人、見覚えのある女の優しい笑顔が浮かび上がっていた。
髪は幾分か伸びていたが、どこかうつろな目は変わりなかった。飾り気のない地味な女。
以前のように薄い唇をぷるぷる震わせながら、佳枝は口を開いた。
「いやだ」
思わず絶句する。
もう一度付き合え、謝れ、そうとでも言うのかと思っていた。
何でもする、というこちらの言葉に、佳枝は「死ね」と答えたのだ。
「頼む! 一生のお願いだ! 俺が悪かった! 嫌だ! 死にたくない! 助けてくれ!」
今も変わらずぽたぽたと手に血が垂れる。
早く血を止めてくれ。力の限りに叫び、命乞いをする。
「私が引き留めた時も、一生のお願いだった」
佳枝が呟くように言う。
「それを突き放して、他の女に転がっていったのがあなた」
佳枝の言う事に間違いはない。全て事実だ。
だが、その報復がこれだと言うのか。
やっている事は同じなどとは言わせない。何故ならこっちは命が懸かっているのだから。
憤りを吐き出したい。それでも、今はぐっと堪える。
今の自分の命は、佳枝に全て握られているのだから。
「本当に済まなかった……お願いだ。本当に何でもする。だから頼む。佳枝。許して……」
「泣けよ」
佳枝は笑顔で言った。
「泣いて命乞いしろよ。あの時の私みたいにさ。まさか本当に殺されないと思ってる?」
声は低く、怒りが見え隠れしている。しかし、佳枝は相変わらず笑顔のままだ。それが不気味で仕方が無い。
狂っている。
それを理解した時、自身が無意識に抱いていた考えが完全に否定された。
殺される筈がない。簡単に人を殺す訳がない。
今の佳枝にそんな常識は通じない。
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