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泣いて詫びろと言われずとも、自然と涙は溢れていた。
もう自分でも何を言っているのか分からなかった。
喉がはち切れんばかりに声を出す。
叫ぶ。泣き喚く。命乞いをする。
もう、次第に大きくなっていた笑い声も聞こえない。
命のタイムリミットも忘れて、叫び続けてどれだけの時間が経っただろう。
次第に満足げにつり上がっていった佳枝の口角が、すとんと落ちた。
「よくできました」
佳枝は無表情で言った。
頬が自然と緩んだ。
佳枝も答えるように笑った。
「はいおしまい」
パン、と佳枝が手を鳴らした。
それと同時に、視界の端から二人の男女が姿を現す。
俺の横を通り抜け、巨大なカーテンの両端に男女は立った。
後ろ姿しか見えないが、女はメイド服に身を包み、男は執事を思わせるような格好に見えた。
カーテンの端にある紐を二人は引き始める。するとカーテンは真ん中からゆっくりと開き始めた。
「覚えてる? 私を振った時のこと」
覚えている。
確かどこかの喫茶店で別れ話を切り出したと思う。
人前だというのに、佳枝は泣き喚きながら大騒ぎした。
忘れる筈がない。
カーテンに隠れていたものが顔を出した。
巨大な鏡だ。
鏡が見えたその瞬間に、俺は俺の背後に広がる異常な光景を初めて知った。
「騒ぐな。人が見てるだろ」
佳枝が笑顔で言った台詞は、そのまま俺のものを真似したのだろう。
背後には数え切れない程の人間が、群れを成して俺の背後に立っていた。全員が目元を覆うマスクをつけて、まるでパーティーにでも出ているかのような華やかな装いで、くすくすと笑いを堪えながらこの光景を眺めている。
悪夢のような光景に、頭の中が真っ白になった。
鏡に映る血で汚れた俺の顔は、酷く間抜けなものだった。
その顔を見たのだろう。くっ、と佳枝は笑った。
そして、満足げに目を閉じた。
「聞きたい言葉は全部聞けた。もう満足。シオンさん。終わらせて」
残念そうに、ギャラリーはざわめく。
シオン? 終わらせて?
真っ白な頭に言葉をそのまま走らせていると、ゆらりと俺の背後で小さな影が動いた。
「では、お開きにしましょう」
小さな影が、ずっと俺に話しかけていた少女の声を発した。
手にはぎらりと光る銀の鋏が握られている。
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