序章 ~始まりの夜は絶望の蜜の味~

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From 鏑木探偵事務所 Sub その自殺、ちょっと待った 添付 なし その命を散らすのは、本当に今でいいのか? いまどき首吊りで逝ったらただの見世物になるだけだ。 ゲロカスだらけの腐肉の塊になる前にウチに来てみろ。 今視ている世界を変えてやる。 明日の正午ちょうどに○○駅前の銅像の前で待つ。遅刻現金。  …………どういう事だ。  何故、今実行しようとしていた事が、関わった事のない相手に見透かされているのだ。  刀剣で背筋を舐めあげられたような不快な感覚に全身を覆われながらも、その実、何度もそのメールの文章を読み返していた。  はたから見れば本当にただの悪戯メールでしかない。だがしかし、それは送られた相手によっては、絶大な効果を発揮してしまう。まさに今がその状態なのだから笑おうにも笑えない。  ○○駅前の銅像前……正午……遅刻、現金というのはおそらく誤字なのだろう。それは別に気に留める必要はないはずだ。  この場所なら、自宅からであれば電車を使えばそう遠くはない。行こうと思えば行ける距離ではある、が。 『今視ている世界を変えてやる』  メールに書かれたこの言葉が、心の中へ土足で、おまけにスパイクまでつけてずかずかと上がり込んでくる。  視ている世界を変える、だと?今までその為にどれだけ努力を積み重ねてきたか知らないのに、よくも軽々しくそんな事を……  そんな事を考えている反面、もしかしたら、なんてまた期待している自分がいる事実を否定出来ないのが悔しくて。一体どうするべきかと自分に問うても、大した答えは返ってこない。そもそもこの議題に答えなどあるのか?第一それを求めて何をどうするというのか?    何もかも理解しがたい事象ばかりで、頭が内側から爆ぜて壊れてしまいそうになる。  いや、もはや爆ぜこそせずとも、最初から狂い壊れていたのかもしれない。だったら、もう考える必要などないのではないか。    本当に世界を変えられるのならば。本当にこの苦しみから解放されるのならば。縋った藁が、天を昇る蜘蛛の糸ならば。 何から何まで得体のしれないその可能性に、死にかけの下らないその人生を、賭けてみたいと、そう思った……―――
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