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―――窓の外に見える満天の星空が、やけに綺麗過ぎた事を覚えている。
真っ暗な部屋。ぶぅん、という冷蔵庫の歯ぎしりだけが、不気味に響き、眠りを妨げているのは、この部屋を借りてからの恒例行事で。しかし、それも今夜で終わる。
冷蔵庫との同居をやめる?違う。差し押さえで部屋ごと全て引き払う?違う。もっと至極単純明快で、最も分かりやすい、シンプルな模範解答だ。
柱に縛り付けたロープが、足を丸くして、早く来いよと急き立てる。
そんなに人様を急がせるとは、よっぽど終わりの瞬間をその目に焼き付けたいらしい。急がなきゃいけない事なんて、自分自身が誰よりも理解している。否、理解を強制している、の方が正しいのだろうか。そんな事を頭の中で考えていても、勿論答える人間はいない。
いや、もはや答えなど分かりきっている。ただただ、その答えを見せつけられるのが不快で、目を逸らし、他人事だと思い込んでいるだけなのだ。
たった一人……たった独り……嘲り笑う麻縄に、その首根っこを抱かれて、また一つの人生が終末を迎える。本当に、ただそれだけの事なのだ。
今まで、こいつの親族はどれだけの人生を見取ってきたのだろう。大罪を犯した人間もどきを、あばよと蔑んできたのだろうか。濡れ衣を着せられ、最後まで無実だと叫び狂った者に、すまないと頭を垂れたのだろうか。人生を恨み、自ら黄泉の崖下へ沈んでゆく事を望んだ旅人に、いってらっしゃいと手を振ったのだろうか。
どれもこれも、本来彼らの責務等ではないはずだ。なのに……なのに……今から彼らにやらせようとしている仕事のなんと黒い事か。望んでブラック企業になったつもりはないのだが、やっている事はまさに鬼畜のそれであり。
不安そうに見下ろしてくる天井と目が合う。ぶるっ、と寒気が体を撫ぜる。冬の隙間風に部屋を冷蔵庫内部よろしく温度を下げられたから、というのは、火を見るより明らかな言い訳で。
そうだ。怖いのだ。ただどうしようもないほどに、目の逸らしようがないほどに、誤魔化しようがないほどに……
死ぬことが怖いのだ。
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