『化石の街』

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空に浮かぶ入道雲が今日も流れ、そして日が落ちかけていた。風は蒼さを孕んで丘状の草原に吹き荒れる。生い茂る自然の、懐かしい香りが辺りを包んだ。 窓辺に立つ緑のローブを着た男は、毎日姿を変えぬ森を見て、溜め息を一度、二度と連続してついた。 ごぼごぼと、洗濯機のような銀色の装置に入っている液体が音を立てた。密封されている中で何かを攪拌し、分離していた。これは遠心分離機の役割を果たしているようだ。 駆動音が蚊の羽音のように静かなのは、男にとっては幸せな事だった。 「あと少し……のはずだ」 珍しく独り言を発したが、家の中には、男以外には誰も居ない。正確に伝えるのであれば、居ることには居るが、物言わない置き物と化していた。 家と呼ぶには窮屈な木づくりの小屋。ロフトが一応ついてはいるが、12畳程の小屋だ。少しだけ広めなのは、研究資材を所狭しと並べているから。 男の研究分野は『抗体』の作成だった。男以外にこの研究に携わっている者は、今や誰一人としていない。 いや、それどころか誰もこの惑星で活動している人間はいない。最後の人間が、この男だった。 第5次世界大戦から30年。西側が繰り出したウイルス兵器『石壊菌』により、多くの国の人間が石になった。 同様に東側の大国も『石壊菌』を利用し、多くの人間を石へと変えた。 人類史上最悪の出来事は、1日にして世界を自然へと還らせたのだ。
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