『化石の街』

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荒れ果てた研究道具を一人で運んでいる時、男は前が見えなかった。 しょっちゅう誰かの足に、身体にぶつかったのは、男の中では忘れた記憶だろう。 あれから幾ばくかの時が流れ、今こうして小屋で作業をしていた。 男はしかめしい顔をしながら、緑色の液体が入った試験管をまじまじと覗いた。そして手袋もつけずに強酸性の王水のビンを取り出し、トレーの中に器用に注いだ。 ここでやっと手袋をつけるようだ。空気抵抗を利用したエアーグラブスプレーをさっと右手、そして左手に吹きかけた。 スパチュラを王水の中で洗い、そして100%アルコールと純精製水で、手際よくスパチュラを拭き、試験管の中を混ぜた。 シワの深さとその大胆な仕草が、男がどれだけこの研究を繰り返してきたのか感じさせる。 時代が進んだのにも関わらず旧世代の小屋に住み、森の傍で研究に没頭。 腹が減ったら近くの荒廃した街に食料を取りに行き、腹を満たす。もちろん車でもエアバイクでもなく、必ず徒歩で向かう。 いつの頃からか、車が空を飛ぶ時代になっていたが、男は『あの荷物運び』以来、一度も乗らなかった。 『石になった妻と娘を助けたい』 その気持ちだけでここまでやってきた。どうやら研究は最終段階に入り、成功しそうだ。
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