『化石の街』

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街の多くの人間は、自宅で固まっていた。家族と最後の瞬間を、共にしていたのだ。 石の細胞に命が宿る。彫刻が動き出したかのように、多くの家からギシギシと、ぎこちない音が聞こえてきた。 息子を抱きかかえていたある母親が、息子と目を合わせたままもう一度固まった。久し振りの感動に、身体の反応が遅れたのだ。 そして、歓喜の声が家中に響き渡った。 化石の街の人々が、生命を取り戻した。 男は街のざわめきを、丘上の草原から聞いていた。少し寒さを含む秋風が、男のコートをたなびかせた。 老眼の奥のその奥。一瞬の歓喜と、そして永遠の哀しみの色が浮かぶ。 男の計算通り、他国の人間は一切治していない。愛しい妻と娘も、年老いた男を見て、抱きついて、そして泣きついた。 男は、すかさず注射を打った。愛する妻と、かけがえのない娘に。二人は再び、化石へと姿を変えた。 しかし、抗体も混ぜてある。男の計算では3年後に元の姿へと戻るはずだ。 小屋の地下に用意していた一室に、二つの化石を置いた。食料となる缶詰は、この地下に何十年分と置いてある。 その傍に一言だけ、メッセージを添え、そして被っていたベレー帽をそばに置いた。
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