おまけ―卒業―

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 教室に、廊下に、つい深澤先生の陰を探した最初の冬。  チョコレートケーキに初挑戦した初めてのバレンタイン。  ゆーかちゃんやまりちゃんと奇跡的に一緒のクラスになれて、舞い散る桜の中で飛び跳ねた2年生の春。  さやかさんや高原部長のいなくなった文芸部で風当たりの強さを感じながらもヨーコちゃんのお蔭で何とか乗り切った夏。  修学旅行先の京都から、こっそり紅葉に燃える清水寺の写真をそーまに送った秋。  お兄ちゃんが家に戻って、張り切っていたお母さんがまた、入院した2度目の冬。  そんな時も、いつもいつもそっと、私を気に掛けてくれた伊織。  クラスが変わってもゆーかちゃんの所に遊びに来ては一緒に力になってくれた山田君。  生徒会長に立候補した久我くんが、私を書記に引っ張り込んで、向いて無いって言うのに生徒会活動をやらされた事もあった。  落ち込んだ事もあったし、傷ついた事もあった。  嬉しい事も楽しい事もそういう全てを、電話で、メールで、直接会える家庭教師の日にも、そーまが受け止めてくれた。  自分がどれだけ恵まれているのか、考えたら本当に申し訳なくて、絶対大学に受かるんだって、勉強した。  明後日の入試で、ちゃんと力を出せればきっと大丈夫。  きっと大丈夫。  でも……こんな時間も、今日で最後……。    ダイニングテーブルの角を挟んだ隣で、私の解いた問題集の採点をして、ミスした問題の解説をしてるそーま。  その横顔をぼーっと見てる私に気付かれて、「何考えているの」と言われてしまった。  問題集を閉じて「今日はもう止めにして、話でもしようか」とテーブルの上で腕を組んで首を傾けて私を見る、その眼鏡の奥の瞳は少し呆れているようだけど、優しい。怒ってもいない……。  学校も休みの今日、そーまも私に合せて夕方も早い時間から来てくれていて、リビングダイニングの大きな窓に掛かるレースのカーテンがボーっと白く浮かんでいる。  ダイニングテーブルの上の照明は点いているけれど、LDの日の当たらない隅の方は薄暗くなって来ていた。  さっき、「お買いものに行って来るね」と母が出かけたので、エアコンの時々唸る音がするだけのシーンとした部屋に響く、私を気遣うそーまの低く深い声が心地いい。
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